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2026-03-02

宮本三郎 風景をつかむ 企画展「都市と自然ーそれぞれの光ー」

展示作品リストと絵葉書「熱海の夜」

 2026.2.17

 地元の 宮本三郎美術館 で、風景画コレクションによる企画展「都市と自然 ― それぞれの光 ―」を楽しんだ。

作家は油彩で丹念に筆を重ね、風景を構成している。
見えているものを、見えているままに描こうとしているのではない。
風景を目の当たりにしたときの感覚を、いったん持ち帰り、アトリエで再構築しているのだろう。

掴んだものは離さない。
野外であれ、アトリエであれ、本質は同じだ。
掴んだ魚を逃がさない――画家とは、そういう存在ではないだろうか。

宮本三郎には従軍画家としての経歴がある。戦地で描いたスケッチをこの美術館の企画展で見た記憶がある。休憩をとる少年兵の姿だったと思う。油絵とは違う丁寧でゆくりした筆致を感じさせるスケッチだった。少年兵の横顔がいつまでも印象に残った。

現場とアトリエを往還しながら描いてきた人だ。

その絵には、外の光がアトリエの静けさの中で熟成していくような時間が流れている。

野外でスケッチをする人は多い。
だが、野外で「作品」を完成させる人は、そう多くはないだろう。
風景の情報量はあまりに多く、描き手を容易に圧倒するからだ。
彼はそのことをよく知っていたはずだ。
ほんとうに描きたいものは何か――それを掴むために、自然や都会の風景の前に立ち続けていたのではないか。

宮本は、風景から受け取ったものをそのまま画布にぶつけてはいない。
画家にとっての「現場」は、海や山、都市の景色そのものだけではない。
感じ取ったものを熟成させる内なる時間もまた、現場なのだ。

静かな美術館の壁面に並ぶ風景を見ていると、作家の風景との距離感が心地よい。
近づきすぎず、離れすぎず。
懐かしさの中に、風景へと溶け込んでいく感覚がある。

油彩という画材が、画家の見た光や湿度を閉じ込めている。
パステルやコンテ、鉛筆では届きにくい、空気の厚みのようなものがそこにある。

いい時間を過ごした。


*宮本三郎 (1905-1974〉石川県小松市生 画家を志し上京する。大正11年のことである。川端洋学校で富永勝重、藤島武二に師事する。関東大震災後に京都に移る。その後二科展入選、渡欧。第2次世界大戦中に小磯良平等と共に中国へ従軍。戦争画を手掛ける。戦後は、金沢美術工芸専門学校、多摩美術大学などで美術教育に携わる。
1966年 芸術院会員 







2026-02-15

2025年度 難民映画祭から

 

本画像は、映画フライヤー


難民映画祭「ラワン」を観て

 難民生活を送る、イラン出身の聾唖の少年ラワン。彼の経験を分かち合える存在は、周囲にほとんどいない。家族も、兄でさえも例外ではない。成長するにつれ、その隔たりは次第に大きくなっていく。音のない世界から見つめる、過酷な逃避行。ある日、聾唖の青年が、キャンプに彼を探しにやって来る。物語は、そこから動き始める。

 思春期の聾唖の少年の心を、いったい誰が受け止められるのだろうか。本人自身も、十分な表現手段を持たない。孤独は静かに、しかし確実に深まっていく。ラワンの家族は、彼の教育を願い、その青年の手引きで英国へ逃れる。だが、その逃避行は恐怖に満ちており、表現の術を持たない少年を、さらに孤独へと追い込んでいく。

 英国で始まる手話による学習生活。しかし、心を閉ざしたままの彼にとって、それは容易ではない。ロシア人やインド人の同じ聾唖の友人たちと出会い。子どもの世界に、政治はない。あるのは、「一緒に遊べるかどうか」だけだ。サッカーと手話の学習が、彼らを結びつけていく。その過程が無音の中で描かれていくことに、私は救われる思いがした。そこには、ただ「みんな同じ子ども」の姿があったからである。

 イギリス社会は、「この環境が少年の成長に寄与できるか」という基準で、難民申請を判断していた。では、日本はどうだろうか。当事者の成長のために、国内での居住を柔軟に認めることができているだろうか。私は、はなはだ疑問に思う。日本社会は、人権に対して、まだ十分に成熟しているとは言い難いからだ。

 この映画は、少年の笑顔で終わる。自分を表現する勇気を得た喜び。それに応える家族の幸福。そして、生活の糧を得る機会を与える社会の存在。観る者に、確かな救いを残す結末である。

 本作は、ラワンの成長を丁寧に追ったドキュメンタリーであった。シリア、パレスチナ、ウクライナ、ミャンマー、スーダン、・・・――。戦地を抱える国々から逃れる子どもたちと、その家族。

音のない世界に生きる子ども。
光のない世界に生きる子ども。
身体が自由に動かない子ども。
病を抱える子ども。

いったい、どれほど多くの子どもたちの笑顔が、今この瞬間にも失われているのだろうか。その現実を強く胸に迫る映画であった。


 *難民映画祭は、 2006年に「難民」も焦点を当てた映画祭としてスタートしました。
主催は、 国連UNHCR協会。本年度は、9作品の上映でした。私は12月3日 東京九段のイタリア文化会館で鑑賞しました。映画上映のほかに詩の朗読劇「リスト:彼らが手にしたもの」、聾者でアーティストの木本昌美さんとその息子さんで映像クリエーターの奏太(かなた)さんがラジオDJの武村貴代子さんの司会でトークイベントがありました。