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| 展示作品リストと絵葉書「熱海の夜」 |
2026.2.17
作家は油彩で丹念に筆を重ね、風景を構成している。
見えているものを、見えているままに描こうとしているのではない。
風景を目の当たりにしたときの感覚を、いったん持ち帰り、アトリエで再構築しているのだろう。
掴んだものは離さない。
野外であれ、アトリエであれ、本質は同じだ。
掴んだ魚を逃がさない――画家とは、そういう存在ではないだろうか。
宮本三郎には従軍画家としての経歴がある。戦地で描いたスケッチをこの美術館の企画展で見た記憶がある。休憩をとる少年兵の姿だったと思う。油絵とは違う丁寧でゆくりした筆致を感じさせるスケッチだった。少年兵の横顔がいつまでも印象に残った。
現場とアトリエを往還しながら描いてきた人だ。
その絵には、外の光がアトリエの静けさの中で熟成していくような時間が流れている。
野外でスケッチをする人は多い。
だが、野外で「作品」を完成させる人は、そう多くはないだろう。
風景の情報量はあまりに多く、描き手を容易に圧倒するからだ。
彼はそのことをよく知っていたはずだ。
ほんとうに描きたいものは何か――それを掴むために、自然や都会の風景の前に立ち続けていたのではないか。
宮本は、風景から受け取ったものをそのまま画布にぶつけてはいない。
画家にとっての「現場」は、海や山、都市の景色そのものだけではない。
感じ取ったものを熟成させる内なる時間もまた、現場なのだ。
静かな美術館の壁面に並ぶ風景を見ていると、作家の風景との距離感が心地よい。
近づきすぎず、離れすぎず。
懐かしさの中に、風景へと溶け込んでいく感覚がある。
油彩という画材が、画家の見た光や湿度を閉じ込めている。
パステルやコンテ、鉛筆では届きにくい、空気の厚みのようなものがそこにある。
いい時間を過ごした。

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