2026.4.1
2026-04-01
目黒川の桜 郷さくら美術館「桜花賞展」
2026-03-22
マタイの春

今年の復活祭は4月5日。それまでの約一ヶ月間は「四旬節」と呼ばれ、キリストの受難を思い起こす時期です。とくに最後の3日間は聖木曜日・聖金曜日・聖土曜日と名付けられ、信仰的な意味合いの強い日々となります。私は今年初めて、マタイ福音書に基づくバッハの大作「マタイ受難曲」を、鑑賞する機会に恵まれました。
バッハは新約聖書の4つの福音書それぞれに基づき受難曲を作曲しましたが、その中でも「マタイ受難曲」は三時間半にも及ぶ、宗教音楽の頂点とされる大作です。オーケストラと合唱団、複数のソリストたちが織りなす重層的な響きは、ドラマティックでした。小学校の頃にみんなで見に行った「偉大なる生涯の物語」という映画のシーンが思い出されました。
舞台には日本語訳の掲示もあり、ソリストの語る聖書の物語が、合唱やオーケストラが一体となって立ち上がるのを、物語を「読む」というより「体験する」感覚で味わうことができました。 バッハは苦しみや裏切り、嘆きだけでなく、赦しや救い、かすかな希望に至るまで、人間の感情の揺れを音楽で緻密に描き出していました。悲痛なコラールのあとに差し込む柔らかなアリアや、厳しい場面に潜む温かな和声の動きなど、重苦しさ一色ではない多様な感情表現の豊かさに、何度も胸を突かれる思いがしました。
この音楽の世界は、遠い過去の物語を語りながらも、現代社会における苦しみや分断、暴力の記憶をも静かに映し出しているように感じられます。バッハの「マタイ受難曲」は、イエスの遺体が墓に葬られる場面で幕を閉じますが、その終結は絶望の固定ではなく、「この先に何があるのか」という問いとともに、聴き手を祈りや希望の方向へとそっと押し出していきます。 国や時代、立場を超えて、誰もが何らかの「苦難」を抱えて生きている今、この音楽は「苦しみのただ中で、人はどう希望を見いだし得るのか」「赦しや連帯は可能なのか」といった、普遍的で避けがたい問いを私たちに投げかけているように思えました。
キリスト教は、ユダヤ教の伝統に深く根ざした荒野の宗教です。そして7世紀には、アブラハムを共通の源流にもつ同じ一神教イスラム教が生まれました。三つの宗教はしばしば対立や誤解の歴史とともに語られますが、その根にはいずれも、神の前に立つ人間の小ささと、そこから生まれる祈りや希望というモチーフが通っています。 とはいっても異なる宗教・文化の人々が、十字架刑という出来事を描くバッハの受難曲にどう向き合うのか、ひとことで語ることはできません。それでも、苦難の物語の只中にあっても耳を澄ませば、この音楽が人間の尊厳や、見えない他者へのまなざし、そして神の声とも呼びうる静かな呼びかけを伝えてくれている――そのように感じました。マタイ受難曲は、特定の信仰を持つ者だけに閉じられた作品ではなく、三宗教をはじめとするさまざまな信仰・不信仰の人々にも、「希望」をめぐる対話の場を差し出しているのかもしれません。
本公演を指揮した佐々木氏が、この作品にどのような思いを託していたのかも知りたくなり、終演後、自然とパンフレットへと手を伸ばしている自分に気付きました。舞台上の音楽だけでなく、その背後にある祈りや問いにも耳を傾けたい――そう願わずにはいられない鑑賞体験でした。
老体?に鞭打って合唱に参加した友達に感謝とエールを!! 私も頑張る!
2026-03-02
宮本三郎 風景をつかむ 企画展「都市と自然ーそれぞれの光ー」
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| 展示作品リストと絵葉書「熱海の夜」 |
2026.2.17
作家は油彩で丹念に筆を重ね、風景を構成している。
見えているものを、見えているままに描こうとしているのではない。
風景を目の当たりにしたときの感覚を、いったん持ち帰り、アトリエで再構築しているのだろう。
掴んだものは離さない。
野外であれ、アトリエであれ、本質は同じだ。
掴んだ魚を逃がさない――画家とは、そういう存在ではないだろうか。
宮本三郎には従軍画家としての経歴がある。戦地で描いたスケッチをこの美術館の企画展で見た記憶がある。休憩をとる少年兵の姿だったと思う。油絵とは違う丁寧でゆくりした筆致を感じさせるスケッチだった。少年兵の横顔がいつまでも印象に残った。
現場とアトリエを往還しながら描いてきた人だ。
その絵には、外の光がアトリエの静けさの中で熟成していくような時間が流れている。
野外でスケッチをする人は多い。
だが、野外で「作品」を完成させる人は、そう多くはないだろう。
風景の情報量はあまりに多く、描き手を容易に圧倒するからだ。
彼はそのことをよく知っていたはずだ。
ほんとうに描きたいものは何か――それを掴むために、自然や都会の風景の前に立ち続けていたのではないか。
宮本は、風景から受け取ったものをそのまま画布にぶつけてはいない。
画家にとっての「現場」は、海や山、都市の景色そのものだけではない。
感じ取ったものを熟成させる内なる時間もまた、現場なのだ。
静かな美術館の壁面に並ぶ風景を見ていると、作家の風景との距離感が心地よい。
近づきすぎず、離れすぎず。
懐かしさの中に、風景へと溶け込んでいく感覚がある。
油彩という画材が、画家の見た光や湿度を閉じ込めている。
パステルやコンテ、鉛筆では届きにくい、空気の厚みのようなものがそこにある。
いい時間を過ごした。
2026-02-15
2025年度 難民映画祭から
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| 本画像は、映画フライヤー |
難民映画祭「ラワン」を観て
難民生活を送る、イラン出身の聾唖の少年ラワン。彼の経験を分かち合える存在は、周囲にほとんどいない。家族も、兄でさえも例外ではない。成長するにつれ、その隔たりは次第に大きくなっていく。音のない世界から見つめる、過酷な逃避行。ある日、聾唖の青年が、キャンプに彼を探しにやって来る。物語は、そこから動き始める。
思春期の聾唖の少年の心を、いったい誰が受け止められるのだろうか。本人自身も、十分な表現手段を持たない。孤独は静かに、しかし確実に深まっていく。ラワンの家族は、彼の教育を願い、その青年の手引きで英国へ逃れる。だが、その逃避行は恐怖に満ちており、表現の術を持たない少年を、さらに孤独へと追い込んでいく。
英国で始まる手話による学習生活。しかし、心を閉ざしたままの彼にとって、それは容易ではない。ロシア人やインド人の同じ聾唖の友人たちと出会い。子どもの世界に、政治はない。あるのは、「一緒に遊べるかどうか」だけだ。サッカーと手話の学習が、彼らを結びつけていく。その過程が無音の中で描かれていくことに、私は救われる思いがした。そこには、ただ「みんな同じ子ども」の姿があったからである。
イギリス社会は、「この環境が少年の成長に寄与できるか」という基準で、難民申請を判断していた。では、日本はどうだろうか。当事者の成長のために、国内での居住を柔軟に認めることができているだろうか。私は、はなはだ疑問に思う。日本社会は、人権に対して、まだ十分に成熟しているとは言い難いからだ。
この映画は、少年の笑顔で終わる。自分を表現する勇気を得た喜び。それに応える家族の幸福。そして、生活の糧を得る機会を与える社会の存在。観る者に、確かな救いを残す結末である。
本作は、ラワンの成長を丁寧に追ったドキュメンタリーであった。シリア、パレスチナ、ウクライナ、ミャンマー、スーダン、・・・――。戦地を抱える国々から逃れる子どもたちと、その家族。
音のない世界に生きる子ども。
光のない世界に生きる子ども。
身体が自由に動かない子ども。
病を抱える子ども。
いったい、どれほど多くの子どもたちの笑顔が、今この瞬間にも失われているのだろうか。その現実を強く胸に迫る映画であった。
2026-02-08
第9回 MAG ♥NET展 ギャラリー1045平塚
2026年2月8日
関東地方は雪景色。神奈川県・相模原には大雪警報が出ている中、平塚駅近くのギャラリー1045の企画展に出かけた。 bゼミ時代の先輩、曽根夏生さんの最近の仕事である。「流体画譜」と題されたシリーズは、5点の作品で構成されていた。 壁の角を挟んで、2点と3点。なるほど、流線という名の通り、観る側の視線も自然に角を流れていく。
曽根さんは色鉛筆を使い、優しく、しかもダイナミックに、ふっと肩の力が抜けるような空間を探っているように見える。今回も期待を裏切らず、目に優しい。しかし、優しいだけではない作品だった。彼もまた、モノ派の系譜につながる作家なのだろう。
王道の美術教育で養われた感性や技術とは異なる、泥臭い感性の生々しさ。
それが、彼自身によって洗練された技法へと昇華されている。その過程を味わいながら、作品を楽しんだ。




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