緋牡丹博徒 お竜参上!
制作 1970
監督 加藤泰
脚本 加藤泰 鈴木則文
撮影 赤塚滋
編集 宮本信太郎
出演 富司純子、菅原文太、嵐勘十郎、安部徹、長谷川明、若山富三郎
あっというまに1時間40分が過ぎたのでおもしろかったのだと思う。はて?と躊躇している余裕を観客に与えなかった。時は明治の始め 浅草ロックの興行主の縄張り争いにまき込まれるお竜姉さん。任侠は、義理と人情というが、ストリーは、不義理、非人情あってのHERO、ヒロイン。ヒーローもヒロインもよく義理をたて、人情あつい。定番とはいえ。反社会勢力にはかわりない。この頃の映画では、まだ博徒は、世間からはみだしてしまった後ろめたさ、悲しみ、孤独を抱えていたようだ。少なくとも映画を作る人たちには、共感できるものがあった。1970年日本社会が、いよいよ高度成長の波にのり始めたころ。企業戦士は、自立して親分に立ち向かう渡世人に夢をみたのではなかろうか? 渡世人から極道へ 任侠映画は、昭和・平成・令和と社会の変化に応じて映画のテーマも変わってきた。 任侠は、暴力団と反社会勢力とレッテルを張られ、暴力団映画では、暴力シーンが増長されている。 暴力の起爆剤も義理・人情から縄張り争いに変わる。映画の人間描写は、ステレオタイプになり、暴力に理由、言い訳はいらないということになったのではないだろうか。
★「博徒」とは、賭け事を生業にする人をさす日本語です。
日本の文化の中で賭け事、博打は、見逃せない流れをつくっています。平安時代末期の後白河法皇(1127~1192)の「賀茂川にすごろく流す なにしにぞ」(賀茂川にすごろくの盤を流して、何をしようというのか)は、当時の巷のはやり歌を集めた「梁塵秘抄」の一節にあります。「すごろく」は、すでに貴族だけでなく庶民の楽しみのひとつになっています。 後白河法皇は、「すごろく」の賽の目の不確実さに人生の浮沈や諦念を見ていました。
「すごろく」だけでなくこうした遊びは、賭け事に発展し、それを生業にする人たちが現れます。集団として賭け事が生業として社会的に認知されるようになったのは江戸時代になってからです。縄張りをもたない「渡世人」タイプと 地域を守る『侠客』タイプがありました。侠客には、縄張りがあり地域を守るという役割をになっていました。庶民に人気のある清水の次郎長(志静岡県)、竹垣五郎(江戸・浅草)、大前田英五郎(埼玉県・群馬県)、黒駒勝蔵(山梨)会津小鉄(京都)、笹川繁蔵(千葉県・天保水滸伝のモデル)国定忠治(群馬県)彼らは幕末まで「弱きを助け、強きをくじき」と庶民に慕われ多くの劇作のモデルになっています。また西郷隆盛、勝海舟、新選組との交流を持つ親分もおり、集団の力をもって社会構造変革期に貢献しました。明治政府が近代化の一環で賭博を厳しくとりしまると賭博を生業にするものは地下に潜り生業を継続しようとします。組織化された集団は、賭博だけでなくみかじめ料をとりたてるようになっていき、暴力団、反社会的勢力として社会の裏側という位置づけになっています。
